ストリエサービス終了に思う、終わることは総じて悲しい

ブログを新しくしたら気分も新しくなって
なんだか楽しい、どうもOLです。

昨日会社にて残業中、
私が春頃に投稿していたストリエというところから
サービス終了のお知らせメールが来て
(えっ・・・)と思った。

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(↑ストリエで描いてた、キラキラOL×ぐだぐだOL 一週間相対比較

ストリエ投稿のきっかけは
先方様からのご依頼を受けてのことだったけど、
記事を投稿しても思うように閲覧数が伸びず、
一本の記事で見てもらえないんだったらいっぱい書くしかない、という感じで
疲れた身体に鞭を打つように投稿し、
やっとのことで目標の閲覧数に届いた頃には
ふ~・・・とかなり疲れてしまったことを覚えている。
(※ここでいう目標っていうのは自分のなかで決めた数字ってこと)

同時期に他の多くの絵日記ブロガーさん達も依頼を受けていて、
その方々の投稿を見ては、いいねの数等で
自分との人気の違いをこれでもか、と思い知った。

人気がないならその分記事の数で稼ぐしかないんだ、
たいていの社会の摂理と何ら変わらないな…と
そんな当たり前のつらさを実感した経験だった。

あっ
とっても話が逸れたんですが

私はアプリを始めとした世のサービスというものにとても疎くて
8割くらいの人が既に使い始めたタイミングで
やっと興味を示す、ってくらいの
マジョリティ中のマジョリティ。

だから、
自分が使用していたサービスが突如終了する
っていう経験がこれまであまりなかったんですよね。

そんなところに
急に飛び込んできた、ストリエ終了のお知らせ・・・
その日が来るまでに、色んな人たちがたくさんたくさん話し合いを重ねてきたんだろうな・・
苦労して苦労してなんとか継続しようとしたんだろうな・・・

真っ先に浮かんできたのはものではなく、
サービスのその後ろ側にいる人たちの姿・・

多くのユーザーたちに使われている華の時代には
サービスは”サービス”という形にしか見えないけれど、
終わると聞くとどうしても、それを影で支えていた人の姿が浮かんできてしまう。

ウェブサービスなんて無くなるものがほとんど、
それはそうと頭では理解できますが、
そんなウェブであっても
「終わる」って悲しいことなんだな・・・と、初めて思った。

終わりは始まりのため、
別れは出会いのため

歌詞ではときにそんな風にも言われますが
私には悲しみをごまかすための気休めにしか感じられず、
本当は何も終わらない方が良いし、
誰とも別れない方が良い・・・

今生きてる人、今あるものっていうのは
本当にもう、ただそれだけで素晴らしいね

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